2017/10/11
GPSを証拠として残業時間を認定した裁判例の解説(弁護士が執筆)
執筆者 編集部弁護士会社に対して残業代を請求する場合や、過労死・過労による精神障害の発症について損害賠償請求をする場合、その従業員の「残業時間」の認定が重要な争点になります。
最近、GPSの記録を証拠として従業員の残業時間を認定し、長時間労働が原因で従業員が致死性不整脈を起こして死亡したものとして、遺族による損害賠償請求を認めた裁判例が出ました(津地方裁判所平成29年1月30日判決。以下「本判決」といいます。)。また、本判決は、会社が適切な労働時間の管理を怠ったことについて代表者個人の重過失も認定し、会社だけでなく代表者個人の損害賠償責任も認めています。
そこで今回は、GPSの記録を証拠として残業時間を認定した本判決の内容について簡単に解説します。
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【目次】
1. 本判決の概要
1-1. 事実関係
・ある会社の従業員であったAは、その会社が運営するドーナツ店において、課長代理兼ドーナツ店2店舗の店長として、午前7時(セールの日は午前5時)から出勤し、終業時刻である午後4時を大幅に超過して残業するという長時間労働を繰り返していた。
・Aは、ある朝、自宅から車で出勤する途中で、致死性不整脈を起こし急死した。
・会社は、課長代理である<Aの労働時間をGPS機能付き携帯電話により管理していた。GPSによる労働時間管理は、A本人による「出社」「退社」等の項目を選択した上でのデータ送信、及び、午前8時から午後6時の間の30分毎の自動データ送信により行われていた。
・四日市労働基準監督署は、GPSの記録やAが勤務していたドーナツ店の入っているスーパーの時間外作業届書等から、Aの残業時間を以下のとおり認定した。
死亡前1ヶ月:47時間55分
死亡2ヶ月前:114時間58分
死亡3ヶ月前:126時間16分
・Aの妻子である遺族は、会社及び会社の代表者に対して損害賠償請求の訴えを提起した。
1-2. 裁判の結果
<遺族勝訴(請求一部認容)
裁判所は、会社及び代表者に対して、合計約4620万の損害を賠償するよう命じた。
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2. 本判決の解説
2-1. GPSの記録を証拠として採用した部分
2-1-1. 会社側の主張
会社側は、遺族によるGPSの記録を証拠とする残業時間の主張に対して、以下のように反論しました。
①GPSによる出社及び退社の記録の一部は、パチンコ店や競艇場で退社となっている、スーパーの従業員出入口の開錠時刻である午前5時30分より早い時刻に出勤が記録されている等、必ずしも実際の業務の開始及び終了時刻を表すものではなく信用性がない
②店長の業務は、通常期の平日は午後2時30分、土日は午後4時に、セール期の平日は午後4時30分、休日は午後5時には退店できるはずであるから、Aは漫然と在店していたものであり、実質的な労働が伴っていなかった
③Aには、私的にドーナツを受注・製造したり、スーパーの金員を横領し、これを隠蔽するために現金出納帳の管理等をするなどの業務外行為をしていた疑いがあり、業務上必要がないのに店舗に長時間滞在していたと考えられる
2-1-2. 裁判所の判断
裁判所は、以下のように述べて会社側の反論を認めませんでした。
①平成23年11月17日から平成24年5月14日までの間では、パチンコ店や競艇場からの退社のデータ送信は合計14回に過ぎず、スーパーの従業員出入口の開錠時刻よりも早い出勤時刻を記録したのはいずれも事前申請をした日であるから、AがGPSの記録を不誠実に行っていたとは認められない
②Aが2店舗の店長を兼務してからは以前より業務量が増えたと認められ、また、Aが人を使うのが苦手で自分一人で仕事をしてしまうところがあり、その分時間がかかることもあったことが認められるから、Aが漫然と在店しており、実質的な労働が伴っていなかったと認めるに足りる証拠はない
③Aが私的にドーナツの製造・受注をしたのは年1回程度のことであり、また、レジの釣り銭が合わないことがあったなどの状況があったことは認め得るが、Aがレジの釣り銭を抜き取ったとか、これを隠蔽するために在店していたと認めるに足りる証拠はない
そして、裁判所は、Aの残業時間について、基本的にGPSによる記録に基づいて認定すると述べて以下のとおり認定し、Aの過重業務と死亡の間の因果関係を認めました。
死亡前1ヶ月 :59時間57分
死亡前2ヶ月平均:93時間11分
死亡前3ヶ月平均:104時間10分
死亡前4ヶ月平均:112時間35分
死亡前5ヶ月平均:112時間2分
死亡前6ヶ月平均:112時間35分
2-1-3. コメント
GPSによる記録に基づいて従業員の労働時間を認定した本判決の結論は、GPSが客観的な証拠であることから、妥当といえるでしょう。
もっとも、判決文だけでは詳しい事情は分かりませんが、本判決におけるGPSの記録は、従業員による自己申告を基本とし、その裏付けとしてGPSデータが同時に送信されるという仕組みだったようです。
このように従業員の自己申告制を基本とする仕組みだと、従業員が虚偽の申告をする可能性を否定できないため、会社側はAが申告した出社時刻及び退社時刻の記録(GPS付)の信用性を争ったようですが、「 ザンレコ」のように、そもそも従業員の手を介在せず、携帯電話のGPSデータのみを定期的に自動でサーバーに送信する仕組みであれば、会社側が本件のような形でGPSの記録の信用性を争うことは難しかったでしょう。
また、本件では争点になっていませんが、仮にGPSデータを携帯電話の端末側に記録する仕組みだと、やはり従業員がGPSデータを偽造する可能性を否定できないため、裁判において労働時間を認定する証拠として採用されるためには「ザンレコ 」のようにGPSデータをサーバーに保管する仕組みをとる必要があるでしょう。
(※「ザンレコ」は、GPSデータをサーバーに保管する仕組みを含めた証拠確保・発行手法に関して特許を取得しています。)
2-2. 代表者個人の責任を認めた部分
2-2-1. 会社側の主張
会社側は、会社が適切な労働時間の管理を怠っており、そのことについて代表者個人に重過失があるとの遺族の主張に対して、以下のように反論しました。
①-ア:Aは、店長としてアルバイト従業員等の雇用の権限を持ち、指導・監督を行い、従業員の勤務スケジュール等を自らの裁量・判断で決定し管理する一方、自身の勤務時間については、会社からタイムカード等の時間管理をされることはなかった
①-イ:したがって、Aは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあり、「管理監督者」(労働基準法41条2号)に該当する
②「管理監督者」は、自己の裁量により業務遂行や時間配分を調整でき、自らの健康保持について自立的な管理が要請されるから、使用者は「管理監督者」の労働時間を適正に把握すべき義務を負わない
(※従業員が「管理監督者」に該当する場合、労働時間等に関する労働基準法上の規制が適用されなくなりますが、「管理監督者」に該当するためには非常に厳しい条件を満たす必要があります。詳しくは、残業代Q&A「Q4-8 管理職・管理監督者」をご参照ください。)
2-2-2. 裁判所の判断
裁判所は、以下のように述べて会社側の主張を認めず、会社の代表者個人も遺族に対して損害賠償責任を負うと判断しました。
①-ア:Aは、あくまでも店舗内の労務管理を行っていたに過ぎず、経営者と一体的立場にあったとは言い難いし、Aが会社全体の事業経営に関する重要事項に関与していたとも認められない
①-イ:また、Aが行っていた店長業務は、概ね所定の労働時間が定められており、Aに出退勤を含む労働時間について自由裁量があったとは認められない
①-ウ:さらに、Aの役割手当は月6万にすぎず月100時間を超える残業の勤務実態を考慮すると、「管理監督者」に相応する待遇を受けていたとはいえない
①-エ:したがって、Aは「管理監督者」に該当すると認められない
②-ア:会社の規模・陣容、店長の職務内容を考えると、正社員であるAに対して会社が負う安全配慮義務は、会社の代表取締役の業務執行を通じて実現されるべきものである
②-イ:会社の代表者はAの上司から報告を受けることでAの労働時間及び労務の過重性を認識できたといえるから、代表者には会社が適宜・適切に安全配慮義務を果たせるように業務執行すべき注意義務を負担しながら、重過失によりこれを放置した任務懈怠がある
2-2-3. コメント
Aは単なる課長代理兼店長に過ぎず、およそ「管理監督者」に該当する余地はありませんでした。Aが「管理監督者」に該当しないとの本判決の結論は妥当といえるでしょう。
また、本判決が、会社の代表者が部下からの報告を介して社員の労働時間及び労務の過重性を認識できたことを根拠に代表者個人の重過失(損害賠償責任)を認定した点も、無責任なブラック企業の経営者に対する個人責任の追及の道を開くものとして極めて妥当といえます。
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3. まとめ
GPSの記録を証拠として従業員の残業時間を認定した裁判例について以上のとおりご紹介させていただきました。今後も、本判決のように、GPSを証拠として残業時間を認定する裁判例が増えていくことが予想されます。
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